焼肉のルーツは日本にあった!?

狩猟と家畜による違い

動物を育てる概念がなかった

今の時代、動物と言ってもただ食用の肉として育てているだけでなく、肉としてではない飼育の方法もある。最たる例は卵だ。古代の人々に卵を食べる習慣があったのかは少し疑問だが、縄文時代を始めとした採集時代において動物はただ『狩猟して食料にする』という一点でのみ見なされており、その価値は上にも下にもなることはありませんでした。ですがその後、人間と共存することの出来る動物と生活することで、より多くの食料を入手できるようになる方法が見出されていきます。

家畜というシステムは古代の人々には到底検討もつかない概念でした。今では当たり前のように組み込まれている社会システムの1つになっているが、弥生時代以降になると少しずつ動物たちの扱いも変化していった。相変わらず主食となっていたのは猪や鹿など、人間にとって害獣となる存在は食用として拿捕されていたが、食用ではない利用方法として開拓された例は『馬』だ。今でも馬は食用に卸されることもありますが、かつての時代において馬は優秀な足として当時の人々の旅を支える必要不可欠なものとしてその価値を増す。

馬と同じくして、牛も同程度までただただ狩るだけのものではないとみなされる様になっていったが、時に牛馬を食用に肉を卸し、内臓を薬代わりにして摂取されていた。それからと更に、古墳時代になれば豚と猪も同じく家畜用にと飼育が行われ、無法者とばかりに狩猟を行っていた時代に比べれば随分と理知的な行動を日本人が取るようになる。この頃になると、狩猟される動物と家畜にするべき動物との違いが明確になっていったとみなせます。

焼き肉食べたいよね

動物の殺生が禁止される

そんな中でさらに日本人の食肉事情に革命をもたらしたのが、奈良時代に到来した仏教の存在だ。中でも特に禁じられていたのが、

の5種は食することが禁止される。その代わりといって、猪と鹿に関しては食用のまま狩猟しても良いと認められていた。ひいて言うなら、農耕をするようになってからどの生き物がより人間の生産的な行動を阻害するのか否か、その分別が付けられるようになったということでしょう。ただ基本的には肉食はダメだと法として定められるなど、少し極端な話になっていくのだった。肉を食べないのは良い、ですがその代わりとなる栄養素は何から摂取するのかと考えるものの、一般的な人にしたら代わりとなる食べ物はなかった。対して貴族などの上流階級は動物性タンパク質を補うために牛乳や卵を摂取していた。

美味しい食べ方

禁止される一方で

仏教の到来で獣肉を食することが禁止されるようになったものの、世界はそのまま肉食を断ち切れるほど甘いことは無かった。元々腹持ちや空腹を満たす上では肉ほど都合のいいものはないと見なしていた人も多く、特に武士が登場する鎌倉時代以後は、禁止する動きはあってもその裏で食べるものが後を絶たなかったという。武士を取り締まる公卿の中にも密かに食肉をしていたのですが、ここである食い違いが生じていた。

戦国時代、群雄割拠の時代にて登場する宣教師『フランシスコ・ザビエル』の存在だ。彼は日本に来た当初、日本人は肉食を食べない食習慣を真似ていたという。ですが本人は牛などの肉を大好物だったが、逆に日本人は西欧では獣肉の代表格である牛を食べないで、その他の犬などを食べる傾向にあると見ていたというのだ。これは他の宣教師もそのように見ていたと言われたため、日本人は牛は食べないで犬を食べるものだったという。

この後の江戸時代、到来した黒船でペリーが来日した際に物資として牛を要求された時には日本人は疑問しか無かったと言われている。そう、日本人にすれば牛は食べるものではなく、育てるものとしか見ない傾向になっていて、それは戦国時代の頃から『世界共通で牛は食べるものではない』と勝手な思い込みをしていたのです。そのため、牛を提供した後、解体して肉用にするとは微塵も思わなかったというから、日本の獣肉文化も世界的に見ればかなり偏りのある発展を遂げたのが見て取れるはずだ。

食べてはいけないと禁止令を発布するまでは良かったものの、隠れて食べる人がいる時点で法としては全く機能していなかった。肉食から離れた生活は当時の人々にしても考えられないことであったようだ。

より厳しくなったのも

その後の江戸時代ではより獣肉文化に対して厳しい目が行き届くようになる。貴族社会ではそれは掟のように機能するが、一般庶民の世界ではそんなことを守っていられない状況だった。その例もまた先述話した犬の食用化に繋がるのです。そしてそれを知った徳川綱吉によって、生類憐れみの令が出されたとするならその経緯もなんとなく理解できるはずだ。また、厳しくするだけで食肉を禁止する一方で明確な対策がなされていなかったとも分析できる。まともに食事できなかったからこそ犬を食べていた、そう思うと一重に庶民だけが悪いとは言えないでしょう。

何にせよ、全ては食料供給が追いついていなかったことに源流が繋がっている。