焼肉のルーツは日本にあった!?

ホルモン焼きから始まる歴史

焼肉は当時豪華な食事だった

食肉文化について色々と話しを取り上げてきましたが、血生臭い話もところによって取り上げてしまったものの肉に関して話をしていたら、それもやむなしだ。さすがに食人という分野はもう綺麗サッパリ話題として忘れてもいいので、そのことについてはもう触れないでおく。ただ一つだけ実は繋がっているのは、肝臓などを始めとした内蔵は焼肉として食べるに際しても現代の人にすれば美味しく召し上がっているはずだ。そもそも肉といえば分類云々関係なくいうなら、内蔵と一括りにまとめることだって出来るでしょう。その中で肉を食べる文化が登場し、明治時代には天皇自ら肉食を解禁する動きも見せたものの、一般的に普及するまで半世紀以上の時間を要した。

明治維新の時代、この頃の焼肉とは一部の上流階級でのみ親しまれていた贅沢品であり、一般の人が食べることは殆ど無かったと語られている。その中でも日本人にとって肉食として代表的な料理こそ、牛鍋を始めとしたものだった。ではどうして焼肉が大衆化していったのかを考えてみると、その原点には最初から肉そのものを食べる行為が容認されていたわけではないのです。

そもそも、最初は肉特有の匂いを毛嫌いして臭みを取るのに躍起していたというから、味などわかりきっているはずだ。そんなお世辞にも美味しくない肉を食べる文化が広まるわけもなかったが、革命的に焼肉が素晴らしいものだと伝えられるようになる。それは戦後間もない頃、それまで誰もが食べようともしなかった牛や豚の内臓を在日朝鮮人が回収して、闇市で焼いて販売することから始まったと言われているのです。

これこそホルモン系を食べる習慣の誕生であり、やがて焼肉という文化が日本の食文化で人気となる一因へとつながっていくのです。ですが、その栄転の背景にも絡んでいるのが食糧難という、物理的な問題だった。

焼き肉食べたいよね

ホルモン料理の誕生まで

焼肉文化が誕生した明治時代、この頃には解体した動物の内蔵は業者にとって副業を行うために必要な道具として扱われていました。経済的な取引が行われていたとなると、実際中には内臓系の食事を提供していた飲食店もあったのではないか、そう考えられますが内蔵を食べる習慣は肉を食べる事以上に日本人にはありませんでした。一部の地域では内蔵関係を食する文化があったとも言い伝えられているものの、一般的な食べ物として認知はされていませんでした。

今でこそ焼肉定番の具材として提供はされているものの、獣肉そのものを食べる習慣のなかった日本人が内蔵を好んで食べていたとは流石に発想するのは、あまり容易ではない。では何が内蔵を食べるまでに奔らせたのかを考えると、やはりここにも食糧難が関係していた。

戦後の日本、敗戦国となった後の経済状況は言うまでもなく破綻していたと断言していい。食べ物に飢える日本人を横目に、占領しているGHQの外国人兵士からは蔑みの目で見られていました。当たり前のように食べていた食事を日本人は手に入れることも困難になり、食うに事欠く時間が増えていきました。そんな中で、空腹に耐え切れずなんとかして食料を確保するために人は闇市へと進んでいく。その中で考えだされていたのが、動物の内臓を使った『ホルモン焼き』だった。このホルモン焼き、在日朝鮮人が考えたことになっているが、そのルーツは日本だという説が根強く語られている。この点に関しては非常に真実味が高いので、あながち間違いではないかもしれない。

美味しい食べ方

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ホルモン焼きと焼肉

今の日本の焼肉文化はホルモン焼きが編み出されていなければ無かったと、そう分析している人もいます。また戦前から内蔵を売り出している飲食店があったとも言われていますが、肉食に対して抵抗を持っていたことを考えると、ヒットしていたとは思えない。中には物好きな人たちに支えられていたと見る事も出来ますが、一般大衆的な視点では非常にマイナーな文化なのは火を見るより明らかだ。独特な食感と味わいのある内蔵を、戦時下以前の日本人が食べようと思うには少しばかりそうは思えない。

特に明治以降には動物愛護という観念が登場し、食肉文化を国そのものが容認するようになってからというもの、まだまだ受け入れるには少しばかり無理があると見なしていた人も多かれ少なかれいたはずだ。それがいつしか全国的に普及するまでと考えるなら、やはり戦後の緊急時に呑気なことを行っていられる場合ではないとした考えあってこそと見るべきだ。飢えるくらいならまだ食べられるものを口にした方がいい、切羽詰まれば人間はなんでも食べられるという証明になるかもしれない。焼肉文化が、本格的に認知されるようになる起源としては、どこかしょうがないという面が強く浮き彫りになっているようにも見えてくる話だ。